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「フランダースの光」展
とりあえずためてる展覧会レビュー2本のうち、1本をUPします。
■「フランダースの光」展 Bunkamuraザ・ミュージアム
※すでに終了しています(すみません)

エミール・クラウス「刈草干し」
【展覧会概要】
シント・マルテンス・ラーテムは、ベルギー北部フランダース(フランドル)地方の古都ゲント近くにあるレイエ川の流れる農村です。
19世紀末~20世紀初頭に、このラーテム村にフランダースの芸術家が移り住み、ゲント出身の芸術家たちを中心としたコロニーが出現ました。
このラーテム村で制作した芸術家の89点を紹介するのが今回の展覧会です。
■全体感想
ほとんど知らないアーティストばかりだったので、新鮮でした。
そして、ポスターにもなっている上記のクラウスのように、今回知って好きになった画家も多く、とても収穫の大きい展覧会でギリギリ滑り込み鑑賞をしてよかったです。
かなり良かった!!
全体的には、印象派に似た作風の物も多く、日本人好みの作品が多かったと思います。
特にクラウスはかえって印象派よりも繊細なタッチなので、ファンが増えそうな予感。
■第1章 精神的なものを追い求めて
彫刻家ジョルジュ・ミンヌは、彫刻の他に版画作品も多くありましたが、どちらも独特の人物の表現が特徴です。
版画を見ても、一目見て「あ、さっきの彫刻の人と一緒」というのが直感的にわかります。
そのくらいミンヌの作品はわかりやすい人物描写がされています。
象徴主義的、宗教的な静けさ・堅さを思わせるデザインで、ひょろ長くひきしまった禁欲的な人物達。
少年ですら、どこかキリスト像のもつ孤独な宗教的雰囲気をたたえています。
内省的な作品が多いですね。
唯一木炭で描かれた「待っている女性」は壁の向こうから、少し不自然なかんじで、にょっと上半身をのぞかせています。
木炭のぼんやりしたタッチはキッパリした堅い線の版画作品とは一風変わった趣ですが、すごく幻想的な作品になっています。
ポーズや全身を覆う黒っぽい衣が、なんだかこの世の人ではないようなちょっとこわいような印象を与えます。コレは一番象徴主義っぽい作品でした。
対照的に力強い作品である「人足」は、組んだ両手を手前に突き出しながら歩いているように足を前後にひらいている男の彫刻。
原題は「Dockworker」。
おそらく港などで大きな鎖かなにかを手で引っ張ったりしている作業をしているところなのでしょう。
顔立ちも他の面長な作品に比べて、一番しっかり骨太な感じです。
でもなんとなくストイックな雰囲気は共通しているという。
組んだ両手はデフォルメされて顔よりもかなり大きめに作られ、精悍さとエネルギーを強調しています。

アルベイン・ヴァン・デン・アベール「春の緑」
アベールは非常に繊細なタッチでラーテムの雑木林や森を描いています。
写実ですが印象派にも通じる筆の細かいタッチが、点描の模様のようにも見え、また連続する木立の縦の線や、木の葉の重なりが夢のような世界をつくっています。
南仏の印象派などの燦燦とした光ではなく、少し落ち着いた静かな自然の光です。
家に飾りたい絵ですね。

ヴァレリウス・ド・サードレール「フランダースの農家」
ヴァレリウス・ド・サードレールの遠くまで見霽かす風景画も、一筋縄ではいかない感じです。
入道雲の存在感がすごい「シント・マルテンス・ラーテムのレイエ側」は夕焼けと思われる色合いと川に映し出された空など、キッパリした感じでひきつけられます。
しかし、その後の作品群が、風景を描いているにもかかわらず、なんだか幻想世界を描いているような不思議な作風なのです。
何一つ特殊なものは描いていないのに、シュールレアリズム絵画のように見える。
農園や家を描いているのに、まるで生きてる人がいないかのような世界です。
高島野十郎の蝋燭のように、ありふれたものなのに、ものすごく特殊なものに見えるマジックがかかっています。

ギュスターヴ・ヴァン・ド・ウーステイヌ「悪しき種をまく人」
イコンのようなこの絵がなんといってもインパクト大でした!
この絵もかなり面白いです。
ブリューゲルとイコンが合体したような感じ。
この人の人物表現も独特で、どれもどっしりした存在感があります。
「永遠に反射する光」のデザインや色が、この頃の世紀末っぽい雰囲気があるなと思いました。
時間が押してるので、ちょっとはしょりますよ。
■第2章 移ろいゆく光を追い求めて
この展覧会のメインともいうべきエミール・クラウスを中心に印象派の雰囲気に近い田園風景の作品がたくさん。

エミール・クラウス「ピクニック風景」
この作品は見ている人が同じ場所から絵の中の人たちと一緒に向こう岸をみているかのような視点をもてるのが面白いですね。
一緒に風景を楽しんでいる感覚になります。
他の作品もそうなのですがレイエ川沿いになるせいかなのか、クラウスの描く田園風景は、やわらかい湿度を感じます。
フランスの印象派絵画よりも、空気感が日本に近いようなしっとりした感じがする色彩なのです。
ちょっと調べてみたら、やはりフランスよりもオランダの方が湿度が高いようです。納得。
スイスのセガンティーニの絵のもつ冷えて乾いた冴え冴えとした空気とは対極にある、モイスチャーな雰囲気。
どちらも美しいきれいな空気を感じされるものの、含まれる湿度が圧倒的に違うのがわかる、そんな感じです。
はだしで夕方の野原の中を歩く「野の少女たち」の、少女たちの肌をなでる風は、少しだけ潤いを含んでいるような気がします。
ブルジョワ的と評されたレオン・ド・スメットの優しい色合いの絵も好きです。
点描と、赤を随所に配した「読書」は色彩を十分に活用しています。
ドレス、カーテン、壁紙、机の上の壷、リンゴ、インテリア、女性の赤毛など、すべてがこれでもかというくらいに赤で埋め尽くされています。
「桃色のハーモニー」という少し官能的な作品も、タイトル通りにピンクのトーンが美しく織り込まれています。
同系色の色使いで構築する絵画世界が見ていて気持ちがいいですね。
クラウスとスメットは家に飾りたいジャンルの絵です。
スメットとはかなり対照的に感じられたのがフリッツ・ヴァン・デン・ベルグ。
室内の人物や風景画、風景の中の少女など、一見普通の画題なのにもかかわらず、なにかしら不安になるような絵なのです。
あどけない少女の表情もなんだかちょっと楳図かずお風というか、どことなくなにかひっかかりを覚える絵なのです。
なにか奥に色々含んでいるような風景や人物画。
ベルメークの風景画も同様になにか不安な空気を漂わせてます。
・・・と思ったら後に二人とも第3章で、完全に現代絵画の方面にいってしまっていました。
これまた納得なのです。
あと、太田喜次郎、児島虎次郎といった日本人画家の作品も展示されており、どちらもやわらかい印象派らしい感じの作品でした。
太田喜次郎のモデルは少女や丸顔(おそらく向こうでは童顔なのではないだろうか)の若い女性、子供などで、ごつい背の高いオランダ人女性はもしかしたら苦手だったのではないかと勝手に推測してみました。
■第3章 新たな造詣を追い求めて
戦後ふたたびこの地に戻ってきたベルグ、ベルメーク、ギュスターブ・ド・スメットらの作品を中心に、キュビズム、社会風刺などの手法を含んだフランダース表現主義が生み出されます。
それまでとちがったみっちりした構成で重くて暗い色彩、単純化された人物、塗りつぶされた絵画など「おお、近代⇒現代美術て感じだわ」という作品が多かったです。
■ついでにのってみた企画
BunkamuraB1F「ドゥ マゴ パリ」で、開催記念メニュー「魚介のワーテルゾーイ」を食べてきました。
ワーテルゾーイとはなんぞや?というと、説明によれば「ゲント地方の有名な郷土料理で、の古くからベルギーで愛されている、魚介と野菜を生クリームで煮込んだ、クリームシチューのようなメニュー」とのこと。
実際に食べたら意外とあっさりしていてシチューよりもさらっとした感じでした。
量もそんなになかったので、女性向けかなあという印象ですが、美味しかったです。
テラスで食べようかと思ったのですが、なんか煙草くさくて苦しくなったので途中で店内にうつりました。
視界に煙草吸ってる人が一人もいなかったのに、一体どこから?と不思議でした。空気の流れの関係ですかのう。
苦手な人はテラス席は注意した方がいいかもしれません。
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